『いつかティファニーで朝食を』マキヒロチ氏の新しい題材は“おひとりさまの夜のひととき”――ひとりで素敵なホテルに泊まる魅力
日本には個性豊かなホテルが数えきれないほどある。時期を選べばそんなに宿泊費がかからないホテルも多いのだが、ビジネスホテルならまだしも、個性的なホテルにひとりで泊まるのは勇気のいることだ。
少なくとも私はそう思い込んでいた。『おひとりさまホテル』（まろ・原案（おひとりさま。）、マキヒロチ・漫画/新潮社）を読むまでは。
設計会社に勤める塩川史香と史香の友人は、ホテルで過ごす時間を宝物のように大切にしている。彼らにはそれぞれホテルに求めるものがあり、仕事終わりにホテルに行っては日常のストレスをほぐす。
1巻では第1話が史香とホテルの物語、第2話以降はエピソードごとに主人公が代わり、それぞれがどのようにホテルで過ごしているのかが描写される。
たとえば史香は、古民家を改装した分散型のホテルで、地図を見ながら、宿泊中自分だけの一軒家となる家まで歩く。着いたあとはその外装や内装に感銘を受けながら、パンフレットを見て街の歴史を知り、こう思うのだ。
知らない街で 知らない部屋で
住んでるように過ごすのが好き
しかも一人占めで おひとりさまってぜいたく
史香はたっぷりと非日常を味わう。本作で登場するホテルが東京だけではなく、前橋、日光と多岐にわたっているのも嬉しいポイントだ。
この漫画の原案はひとり時間の楽しさを伝えるメディア「おひとりさま。」を設立したまろ氏。漫画はマキヒロチ氏。マキヒロチ氏は実在する朝食のおいしい店を「朝食女子」たちが渡り歩く『いつかティファニーで朝食を』で一躍有名になった漫画家である。
本作の大きな特徴は、登場するホテルすべてが実在することである。単行本の最後に漫画で登場したホテルをすべて紹介するページがあり、そこにはホテルの概要とともに、ひとり時間を満喫するための「おひとりさまポイント」が明かされている。
原案のまろ氏が実際に漫画の中へ出てきたホテルに泊まった時のエピソードも収録され、実はまろ氏自身がモデルの登場人物もいたことを読者は知る。
登場人物はみんな、何かしら思い通りにいかない現実を背負っている。気になる人に妻がいることが判明したり、同性パートナーの親族に長年会わせてもらえなかったり、祖母に結婚を勧められたり……どれも自分しだいでなんとかなる問題ではない。
ホテルに泊まってもシビアな現実は存在している。しかしホテルは、宿泊しているあいだだけでも、彼らの心の荷をおろしてモヤモヤをふんわりと溶かしてくれる。だからこそ彼らは余暇の時間を使いホテルに宿泊することがやめられないのだ。
次は観光目的ではなく、ホテル目的の旅をしようか。
読みながらそんな気持ちになった。
文＝若林理央
記事提供＝ダ・ヴィンチWeb
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